急須を洗う時間も、お茶の一部だと思う

皆さま、こんにちは。オンラインスタッフのケコです😊

お茶を淹れ終えたあと、
皆さまは急須をどんなふうに扱っていますか?

さっと流して伏せる方もいれば、
しばらくそのままにしてから片付ける方もいらっしゃるかもしれません。

私は最近、急須を洗う時間も、お茶の一部なのではないか
そんなふうに感じるようになりました。

お茶を淹れているあいだは、
湯の温度や茶葉の量、待つ時間に意識が向きます。
けれど、飲み終えたあとに訪れる静かな時間。
そこにこそ、余白のようなお茶の時間が残っている気がするのです。

急須の中の茶殻をそっと捨て、ぬるま湯で静かにすすぐ。
指先に残る温もりや、ふわっと立ち上る、かすかな茶の香り。

その瞬間に、「美味しいお茶だったな、いい時間を過ごせたな」
と、あらためて感じることがあります。

急須を洗うという行為は、
次のお茶のための準備であると同時に、
いま淹れた一杯を、きちんと終わらせるための所作
なのかもしれませんね。

忙しい日ほど、
飲み終えたらすぐに次のことへ向かってしまいがちですが、
ほんの数十秒、手を動かすだけで、心がすっと落ち着くことがあります。

お茶は、飲むところだけが主役ではなく、
その前後にある時間も含めて、ひとつの流れ。

急須を洗うその時間も、
お茶がくれた静けさの続きだと思えたら、
暮らしの中のお茶時間は、きっと少し深まるのではないでしょうか。

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